Injury Management

 スポーツ現場で傷害が発生すると、選手はドクターの診察を受け、ドクターの指示に基づきながら、医療機関やその他の場所で理学療法士またはトレーナーの指導によりリハビリテーションを行う。そして、受傷患部や患部外の機能が回復・改善することで、競技への復帰が可能になっていく。選手が受傷してから復帰するまでに、コーチやトレーナーはその時々の選手の状態を「記録」していかねばならない。その「記録」は選手が復帰するまで、また復帰してからも更新され続けなければならない。また、それらの「記録」は確認する人全てが理解できるような、共通言語を用いてなされていく。受傷選手の復帰をサポートするスタッフが、皆、同様に理解できるものでなければ、コミュニケーションミスによる誤解も生じやすいと考えられ、選手にとっても有益ではない。

また、上記のような記録の必要性は、何も受傷した選手にのみ必要なものでは当然無い。体系だった各種の記録を行うことで、スポーツ現場での傷害を予防することにもなるかもしれない。特に、重大な内科系の疾患や整形外科的な傷害を発生しやすい選手を、あらかじめ把握しておく必要もある。そうすることで、適切な予防策を講じることが可能となる。

 上記のように、事前に選手の健康状態を把握し、適切な予防措置を講じることと、傷害が発生してから復帰するまでの過程を正確に記録していくことは現場の指導者やトレーナーにとって重要な作業だと言える。


(1)事前健康調査
 トレーナーまたはコーチは、新しいシーズンが始まる前に、選手全員に対して健康調査を行う必要がある。選手がその競技に参加するにあたっ て、健康を阻害するようなリスクはないかどうかを事前に把握することが目的である。場合によっては、選手を競技に参加させない、という措置も必要になるか もしれない。しかし、事前にリスクを把握することで、的確な予防措置を講じることは可能になる。また、怪我をした選手が復帰していく際に、シーズン前の身 体の状態というのは一つの基準になりうる。リハビリテーションを指導する理学療法士やトレーナーにとっても有益な情報となりうる。これらの 健康調査は、ドクターや医療機関で管理されることが望ましいが、コーチ・トレーナーが閲覧の必要がある時には、すぐに確認できるようにして おく。

 事前健康調査の内容は、選手の身体的特徴、競技歴、整形外科的スクリーニング、現病歴・既往歴が主となる。もちろん、チームや選手にとってその内容は異 なる。女性選手や女性チームであれば、月経に関しての情報も必要かもしれない。アメリカンフットボールや男子ラクロスのようなコリジョンスポーツでは、頸部の 状態に関しての情報は他のスポーツに比べて重要な意味を持つ。以上のように、チームを構成する選手の特徴(性別・年齢・競技歴・競技レベルなど)や競技の 特徴を十分に理解したうえで、含むべき内容を決定するべきである。

■身体的特徴
 まず、一般的なものとして以下の情報を含むことが望ましい。
 年齢、体組成(身長・体重・体脂肪率)、血液型、利き腕・利き足など。また、可能であるならば選手全員を医療機関でのメディカルチェックを受診させ、その情報を含むものを作成することが望ましい。
 
■整形外科的スクリーニング
 整形外科的スクリーニングを実施することで、傷害発生の要因となりうる身体的諸問題を認識することができる。上述したが、リスクを把握することで初め て、傷害に対する的確な予防措置を講じることが可能となる。年間のシーズンを通してパフォーマンスを発揮するには、傷害を発生しないことが前提となり、そ れには、的確な予防措置(トレーニング、テーピングなど)を年間を通じて行うことが必要となる。
以下、整形外科的スクリーニングで行われるべき内容である。
* 筋力
* 柔軟性
* 関節弛緩性
* アライメント       アライメント:骨・関節の配列。

■現病歴・既往歴
 過去または現在において、経験した内科的・整形外科的な問題を全て、明らかにする。
 <必要な情報(整形外科)>
* 傷害部位。
* ドクターによる診断名。
* 時期。
* 受傷機転・考えられる原因。
* 復帰までの処置・治療の方法。
* 現在の状態。(完治しているのか?スポーツ活動に影響があるのか?日常生活にも影響があるのか?など)

 <必要な情報(内科的)>
* 罹患部位。
* ドクターによる診断名。
* 時期。
* 考えられる原因。
* 復帰までの処置・治療の方法。
* 現在の状態。(完治しているのか?スポーツ活動に影響があるのか?日常生活にも影響があるのか?など)
* 常用している薬の有無。
* 薬のアレルギーはあるのか?


(2)SOAPノート
 急性・慢性に関わらず、選手が健康上の問題を訴えた場合、指導者やアスレティックトレーナーはそれを評価し、記録せねばならない。
 それらの記録はその他のチームスタッフやドクター・理学療法士などの医療機関のスタッフも理解できるような、共通の言語を用いてなされるべきである。尚、具体的な評価の方法は別項に譲る。

Subjective(主観)
 選手の訴える、主観的な情報を記録する。傷害部位、受傷機転、痛みの程度や性質、他の症状(しびれ・うずき、脱力感・灼熱感など)の有無など、選手の訴えを正確に全て記録する。また、既往歴も聞き出しておくとよい。傷害に関しての情報と復帰までの過程などである。

Objective(客観)
 コーチまたはトレーナーが左右の比較を含む評価・測定を行い、結果を引き出すことであり、選手の客観的な観察を記録することである。客観 的情報は信頼性があり、誰が繰り返し測定しても同じ結果を生むもので構成されていく。また、リハビリテーションを行ううえで、傷害部位の機能が回復してい るかどうかを判断する基準ともなる。
 評価:観察されるべき内容は以下の通りである。
 視診:傷害部位・全身の状態の概観を記録する。変形・変色・腫脹の有無など。
 触診:受傷部に直接触れて、身体的な情報を得ること。触れている組織が解剖学的にどういった物かイメージしながら触れていく。
 疼痛部位:圧痛点、変形、皮膚音、腫脹、知覚機能など。
 可動域の評価:自動運動、他動運動、抵抗運動での関節の可動域を評価する。評価の際には、ゴニオメーター(角度計)を用いて正確に測定されなければならない。
 スペシャルテスト:受傷部の徒手検査である。これにより、損傷組織の同定とその破綻の程度の評価が可能となる。ストレステストは、他の評価が全て終わってから行う。また、骨折や脱臼、重篤な機能障害が疑われる場合は行うべきではない。

Assessment(評価)
 SubjectiveとObjectiveで記入した選手の諸問題をまとめる。評価の欄では傷害の性質と程度を同定するが、ドクターの行う診断とはその性質は異なるものである。また、復帰までの長期目標・短期目標を設定し、記述する。

Plan(計画)
 選手の処置に関しての具体的な計画が記述される。処置は各短期目標が達成されるためのものである。もちろん、これに関してはドクターとの綿密なコミュニケーションにより決定されるものである。

 

 

 

 

参考文献

  • Daniel D. Arnheim William E. Prentice: Principles of ATHLETIC ninth edition. Brrown & Bendmark publishers, 1997.
  • 渡辺好博 監訳:スポーツ外傷アセスメント. 西村書店, 1993.