Emergency Plan

 ほとんどのスポーツ傷害は生死に関わることはない。また筆者の知るところでは、幸いにもラクロスが日本で行われるようになって今日までラクロスの競技中に死亡したケースの報告もない。しかし、海外においてはいくつかの死亡例が報告されている。記憶に新しいのは2004年春に発生したケースである。NCAA D1の試合中にコーネル大学の選手の胸部にゴールパイプに跳ね返ったシュートが直撃し心臓震盪で亡くなった(既往歴の有無や直接の死因は未確認)。

 

 もしこのような状況が起こったときには、迅速な処置が必要となる。ためらいや優柔不断、あるいは間違いといったものが入りこむ余地はない。
 そのような緊急事態においては時間が常に意識されなければならない。また傷害を受けたアスリートをアシストするためには直ちに何をどのように行えばよいのかという正確な知識に基づいて行動しなければならない。誤った救急処置は怪我の回復の時間を長引かせたり、事によっては命を脅かす状況を作る可能性もある。

通常、日本におけるラクロスの試合や練習の現場に医師や救急処置の特別な教育を受けた人がいることはほとんどない。よって、救急処置も限られた範囲でしか行うことができない。しかし、その限られた範囲内でできることは数多くある。コーチ(トレーナーやその他スタッフも含む。以下コーチ)は医師や救急救命士が行うような特別な処置や診断を行うことは法律上許されていない。しかしだからと言って、コーチは何もしなくてよいということにはならない。コーチとして何らかの指導を行う場合、最低限必要な知識や技術は身に付けておかなければならない。また、スポーツ活動における危険性を十分理解し、事前にそれらの準備を行うべきである。

男子ラクロスは、激しいコンタクトが許されるアメリカンフットボールやラグビーと同様にコリジョンスポーツといわれる。コリジョンスポーツの現場では時に、重篤な外傷が発生し、早急に医療機関へ搬送しドクターの診断・処置が必要とされる。コーチ・トレーナー・マネージャー・選手はこのような緊急時に備え、不運にもこのような場合が発生した時には、適切に対応できるようにしなければならない。事前にそれらの知識を身に付け、緊急時のプランをしっかりと立てておけば重大事故が発生したとしても適切な対応ができるはずである。

 

 

 

 

エマージェンシープランの書式化

緊急時の対応の仕方を文書化しなければならない。理由は2つ挙げられる。

* 傷害が発生する前に受傷した選手に対する処置をより良いものにしておくため。
* 訴訟問題になった時にEmergency Planが作成されていないこと自体が過失とみなされる可能性があるため。


 基本的に、緊急時の対応計画は「誰か受傷しそうな選手はいるか?誰がその責任を負っているか?何をすればよいのか?」といった質問に答えられるものでなければならない。また、これらはスポーツ現場のスタッフ全員で作成し、実施することが望ましい。また、普段使用している施設で練習・試合を行う場合はもちろん、それ以外の状況(遠征・合宿など)にも対応できるようなものでなければならない。

以下、文書化されるべき内容を述べる。

1.練習・試合会場の情報
 所在地、管理事務所の電話番号、その他の情報(以下)。

2.チームの情報
 選手の人数や特徴、スタッフの構成・人数、全体責任者。

3.電話
(1)電話はどこにあるのか?それは24時間使えるのか?

  • 公衆電話にはテレホンカードを使用できないものもある為、常に小銭を確保しておく。
  • 特に携帯電話を使用する場合は注意が必要である。携帯電話で119番通報をすれば、まず代表消防本部につながり、そこから場所を特定された後に、最寄の消防署に転送される為、2度手間になることがある。予め、最寄の消防署の連絡先を調べておくことが望ましい。


(2)緊急時の連絡先電話番号。
 現場では以下の電話番号を管理しておく必要がある。

  • 最寄の消防署。
  • 最寄の医療機関。※予め連絡しておき、整形外科や脳神経外科にも専門医が対応可能かどうかを確認しておく。また、こちらから事前に配置しておいてもらえるように医療機関に依頼する。
  • 最寄の警察署。
  • 選手全員の緊急連絡先。
  • 電話をする人。


4.ゲート、通路
(1)どのゲート・通路が使用されているのか?
(2)ゲートは開門されているか否か、誰が鍵を管理しているのか?
(3)救急車は入ってこられるのか?
(4)誰が救急車を現場まで誘導するのか?

これらは、遠征や試合に行った時には事前の把握が難しい場合がある。コーチやトレーナーはできるだけ早く会場に到着し、上記のことを把握する必要がある。また、その際に施設管理者や対戦相手との緊急時に関してコミュニケーションを取っておくと、スムーズに進む。試合などで、他チームのグラウンドに行く場合はそのチームに上記のことを聞いておき、できれば消防署への電話や救急車の誘導などは依頼しておいた方がよいだろう。

5.救急器具
 (1)収納場所。
 (2)管理者。
 (3)使用方法の把握。
 (4)誰がそれを使うのか?

主な救急器具はとして、タンカorスパインボード、ネックカラー、人工呼吸用フェイスシールドトレーナーズエンジェル(フェイスガード等を取り除くための専用工具)、各種固定具、松葉杖など。それらはいつでも使用できるようにしておかねばならない。また、事前に使用不可の物や不足しているものを把握しておくことで、別のもので対応することなどが可能である。
(例)シーネの代わりにスティックで固定、またはダンボールや雑誌などの固いものでも応用可能。

6.緊急時の評価とケア
 傷害が発生した場合、即座に傷害の部位と重症度を決定する必要がある。ドクターや公認トレーナーが現場にいない時は、コーチが適切な傷害管理を行う責任があるとみなされる。傷害を評価する場合は事前に準備された計画書に沿いながら、傷害部位と重症度を決定していき、応急処置を施す。事前にこのような計画書を準備し、それに従うことで、コーチは生命維持機能と選手が負っている可能性がある傷害全てに関し、段階的に初期評価を確実に実施することができる。

7.役割
 緊急時に各個人がどういう役割を果たすのか、明確にしておくことは重要である。
(1)傷害発生時、、誰が受傷選手の傷害評価を行うのか?誰がその者のアシスタントをするのか?
(2)誰が周囲の選手を避難・誘導させるのか?(野次馬の整理)
(3)誰が救急車を呼ぶのか?
(4)誰が救急車を誘導するのか?
(5)誰が救急車に便乗するのか?
(6)車で搬送する場合、誰の車を使うのか?キーは管理されているか?誰が運転するのか?

などの役割を明確にしておけば、迅速・安全に受傷選手を医療機関に搬送することができる。

 

 

評価

スポーツ傷害の評価とは、受傷した選手の生命維持機能の状態をはじめ、受傷部位の同定から傷害の質・重症度を予想していく過程であり、ドクターの行う診断とは異なるものである。トレーナーがいる現場では、トレーナーが評価を行うが、日本の現状ではまだまだまれなケースであると言わざるをえない。重篤な外傷が発生した場合にも、コーチやマネージャーがその役割を担っているケースがほとんどである。そのような外傷の初期の評価は、その後の応急処置の手順を決定するものであり、的確な応急処置は予後に大きく影響する。つまり、的確な初期評価を行うことは外傷後の復帰までの過程に大きく影響するのである。また、男子ラクロスのように激しい身体接触を伴うコリジョンスポーツでは、生命に関わるような外傷が発生する可能性も大いにある。ドクターがいない場合にもトレーナーやコーチ、またはその周囲の人々が的確に選手の状態を評価し、それに基づいて適切な処置を施すことができれば、選手の命を救える可能性も高くなる。

トレーナーやコーチが行う評価がドクターの行う診断と異なることは既に述べた。つまり、トレーナーやコーチは傷害を評価し、応急処置を施した後、必ず専門ドクターの診断を仰ぐべきである。評価では見抜くことができなかった問題が見つかることもあるだろうし、何よりその方が安全である。また、そのドクターの診断・指示のもとにリハビリテーションは指導されていくべきである。この過程を怠ってはならないのだ。

以下に、具体的な評価の手順・過程を述べていくが、今回は外傷(急性)発生後の初期評価に関して述べていく。

■評価計画書の準備
 傷害の評価を行う際には、事前に準備された計画書に沿って段階的に評価を行うことが望ましい。そうすることで、選手が負っている可能性のある傷害全てに関して評価することが可能となる。見落としなども少なくなるのではないだろうか。このような計画書はドクターの指示やアドバイスを参考に作成されることが望ましいであろう。

■評価の分類
 受傷した選手の初期評価は、1次評価と2次評価に分類することができる。

1次評価:受傷選手が生命の危険にさらされていないかどうかの確認を行う。
ABC( A:気道。B:呼吸。C:循環・脈拍)のチェックや大出血の有無を確認する。気道閉塞や無呼吸、心停止、大量出血の場合、生命は数分で危険にさらされる。これらの緊急度の高い項目をまずは評価する。

2次評価:外傷に関しての詳細な情報を収集する。
2次評価は1次評価により生命の危険を脅かすような問題は無い、と評価された段階で行うことができる。

■評価の手順
1,外傷発生
 評価を開始する前に、以下のことをまずは確認する。
1)安全性
 受傷した選手は安全な状態だろうか?受傷選手の周囲でプレーが続行されていたり、周囲にむやみに人が集まることは避けなければならない。特に、人が集まってしまうと無理に動かそうとしたり、情報が飛び交い、的確な評価に支障をきたす場合もある。まず、確保されるべきは受傷選手の安全であり、二次的損傷の予防である。原則として、受傷選手は、軽症の場合も応急処置が完了するまで動かさないし、重症な場合は決して動かすべきではなく、勝手な判断をしてはならない。
 もう一つ、大切なことは、評価しにいく者は安全であるか?ということだ。受傷選手の周囲をよく観察し、危険がないことを確認してから受傷選手に近づく。

2)受傷選手の体勢
 上記の安全性の確保にも繋がるが、受傷した選手はどのような体勢をとっているのかを確認しておく。

3)受傷選手が身につけているもの
 受傷した選手はどういった物を身につけているだろうか?傷害評価際に、止むを得ないものは細心の注意を払いながら取り外す。その際に、受傷選手が特別な保護具を身につけている場合などは、それに合った特別な道具が必要になるかもしれない。事前に把握することで、選手に近づく際にそのような道具を持って入ることができる。

以上の事柄を確認し、その選手の健康上の問題や既往歴を思い出す。また、後述するが、外傷の発生を評価する者自らが目撃している場合は、その発生メカニズム・要因をよく思い出す。直接目撃していない場合は、目撃者にそれを聞き、把握しておく。

2,意識レベルのチェック
 受傷選手に近づいたら、まずは選手の意識レベルを確認しなければならない。受傷選手の手を握りながら名前を呼ぶとよい。この段階で反応が無い場合は救急車を呼んだ方が良いだろう。また、意識レベルは経時的に観察されなければならない。時間の経過と共に変化することが考えられるからである。また、意識レベルを数字化することで、その継時的変化を把握しやすい。世界的に使用されているグラスゴー・コーマ・スケール(G.C.S.)は開眼・言語および運動機能の評価項目についてスコアをつけ、その評価点の合計で重症度を評価することができる。

 

観察項目 反応 スコア
開眼 自発的に開眼する 4
呼びかけにより開眼する 3
痛み刺激により開眼する 2
全く開眼しない 1
最良言語反応 見当識あり 5
混乱した会話 4
混乱した言葉 3
理解不明の音声 2
反応なし 1
最良運動反応 命令に従う 6
痛み刺激を加えるとそれを除こうとする 5
痛み刺激から逃避する 4
異常屈曲 3
異常伸展 2
反応なし 1

表.グラスゴー・コーマ・スケール

 

 

参考文献

  • Daniel D. Arnheim William E. Prentice: Principles of ATHLETIC ninth edition. Brrown & Bendmark publishers, 1997.
  • 平井千貴ら訳:テキスト版 アスレティックトレーニング.ブックハウスエイチディ, 2000.
  • 渡辺好博 監訳:スポーツ外傷アセスメント. 西村書店, 1993.

Special thanks/H.Shimono