Exercise physiology

 生理学は人間の身体機能を研究する学問であり、運動生理学は運動で使われる器官系、例えば、筋骨格系、呼吸・循環器系などについて取り扱うと同時に、これらの器官系がどのような相互関係をもつかや、これらの器官系がパフォーマンスに対してどのように影響するか、運動が身体機能へどのようなに影響を与えるかについて説くものである。
 このセッションでは、専門用語がならびうけつけない方も多いと思うが、他のセッションで取り上げる○○トレーニングを効果的にデザインしていく際にはどうしてもこれらの基礎知識が必要となる。コーチがこういった分野の基本的な概念を理解しラクロスのトレーニングに応用すれば、選手はより良いパフォーマンスを生み出すだろう。しかし、逆に適切でないプログラムの適用は効果が期待できないばかりか傷害を引き起こす恐れがある。

 

エネルギー供給機構

人間の体は筋肉を収縮させて動く。筋収縮の直接的なエネルギー源となるのは、ATP(アデノシン三燐酸)である。筋肉の中にあるATPが、ADP(アデノシン二燐酸)に分解され、その時に筋収縮のエネルギーが発生する。しかし、ATPは筋肉中に少ししか含まれておらず、ATPの再合成がすぐに行わなければ、筋肉の収縮活動を続けることができない。ATPの再合成には以下の3つの供給システムがあり、再合成のためのエネルギーはクレアチン燐酸(CP)、グリコーゲン、脂肪などが用いられる。
■非乳酸性機構(ATP-CP系)
 ATPが分解(ADPとPi)されると即座にCP(クレアチン燐酸)が分解され、C(クレアチン)とPになり、そのときに生じるエネルギーを用いて再合成される。疲労物質である乳酸が生成されないことから非乳酸性機構と呼ばれている。
■乳酸性機構(解糖系)
 グリコーゲンが乳酸に分解され、そのときに生じるエネルギーを用いて再合成される。高い運動強度で、かつ運動時間が長くなったときに働くエネルギー獲得システムである。
■有酸素性機構(酸化系)
 体内にあるグリコーゲンまたは脂肪を酸素を介在して分解し再合成される。運動強度は低く、運動速度も低い。

 

ラクロスにおけるエネルギー供給機構

 ラクロスに必要な体力とはどのようなものであるか、ポジションによる特徴はどのようなものであるかを知ることはトレーニングの計画を立てる上で非常に重要なことである。しかしながら、ラクロスは、北米において特にアメリカ東海岸のカレッジスポーツとしては人気が高く男子ラクロスではプロリーグも存在しているにもかかわらず、生理学的見地に立った科学的な報告は非常に少ない。
 男子ラクロスと女子ラクロスは起源は同じものであり、似ているスポーツではあるが、ルール、用具などが大きく違い、生理学的、バイオメカニクス的な側面も違い、必要とされる技術・戦術、体力的要素も異なる。ここでは男子ラクロスの研究報告を取り上げ特徴を考察する。

 Romasら(1986)によると、オーストラリアの州リーグの試合で計測した結果では、ミッドフィルダーが1試合に動く距離は約8,100ヤード、そのうち約2,080ヤード(26%)が「ランスプリント(全力かそれに近い走り)」で、5-110ヤードの距離を72.1回走っていた(残りは「ウォークジョグ(歩きか緩走)」であったと報告している。
 Plisk(1992)は、1991年のNCAAチャンピオンシップ準決勝の試合を分析しており、1試合平均111.3回のプレーが行われ、1プレーの平均時間は31.8秒であった。さらに15秒間隔でプレー時間と回数を記録したところ、45秒未満のプレーが1試合平均88.3回(全体の77.9%)を占め、その中でも15秒以上30秒未満のプレーが最も多かった(1試合平均37.3回(全体の32.9%))と報告している。
  FOXとMatthews(1974.1981)によると、男子ラクロスのゲーム中におけるポジション別でのエネルギー供給機構は、ゴーリー,ディフェンスマン,アタックマンでは非乳酸性機構80%、乳酸性機構20%、有酸素性機構0%、ミッドフィルダーでは、非乳酸性機構60%、乳酸性機構20%、有酸素性機構20%という割合であると報告している。

 谷所ら(2003)は学生男子ラクロス選手のミッドフィルダーの移動距離、出場時間、休息時間、さらに心拍数や血中乳酸値を測定し運動様式、運動強度を明らかにしている。

谷所:男子ラクロスMF選手の運動強度から見た競技特性.日本体力医学会大会.2003

これらの報告から男子ラクロスにおいては短時間の断続的なプレーが多く、非乳酸性機構や乳酸性機構が貢献していると考えられる。特に最近ではスピーディーな展開のゲームが増えたことにより(NCAAやMLLでは)、攻防が定まらないプレーの時間も増え、選手に対するストレスも大きくなっていることが推測される。
 ポジション別では、ゴーリーに関してはほとんどが非乳酸性機構であると推察でき他のポジションに比べると特異的である。ディフェンダーとアタックマンの運動量には類似点があり、ミッドフィルダーは前述のポジションよりもより広い地域をカバーしなければならず運動量も多くなり、高強度の運動を繰り返し行わなければならない。

 このような特徴から男子ラクロスのフィールドプレーヤーにおいては非乳酸性機構や乳酸性機構、すなわち無酸素性能力が重要であるようだが、交代があるとは言え20分×4Qの80分間をプレーするということはベースとなる有酸素性能力も重要な役割を果たしていると推察できる。有酸素性能力は、ゆっくりとした運動だけでなく、連続した無酸素性の運動から回復する能力にも関係していることが報告されている。したがって、無酸素性能力だけでなく有酸素性能力を高めることにより、試合で連続した、または断続的に力強いプレーを発揮することができるだろう。